マイルール

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マイルール

突然ですが、「マイルール」ってありますか?

例えば、ごはんを食べる時はサラダから食べるとか、洗濯物はタオルから干すとか…
日常のささいな、でもこれをしないとなんか気持ち悪い、そんな自分だけにしか分からないマイルール。

ぽっちのⅯさんは、活動の中でいつの間にか、そして割と定期的にマイルールを築いています。
そんなⅯさんを見ていてワタシ自身が「マイルールという存在」を考えるきっかけになったので、今日はスタッフÝがこのテーマで綴りたいと思います。

 

まずは、Ⅿさんの今までの代表的なマイルールをふたつ。

ひとつ目は、「ドリル」。
(せんのかい~すんのかい~の方ではありません。)

普段日記を書いているⅯさんは、漢字が得意。
ある日、試しに漢字ドリルを渡したら、さくさくと解かれ、分からない漢字は辞書で引いて勉強までされるほど。
100点を取るまで、諦めずに取り組み、100点を取れたら一緒に拍手をする。

そんな流れが心地良かったのか、その時から、「ぽっちへ来たらドリルをする」という習慣ができ、いつしか「マイルール」に。

はじめは、楽しくて楽しくて、問題を解く顔も、辞書で調べる顔も、100点を取ったときの顔もいい笑顔!
漢字だけに留まらず、英語や算数のドリルまで広がりました。

その頃のモニタリングでも「ぽっちでドリルがしたい。」と仰るほど。
Ⅿさんの「今日の楽しみ」になっていたのだと思います。

ただ、数週間経つと、おやおや表情が険しい。
目つきもきつくなって… 全然楽しそうじゃない⁉

その頃は、楽しい時期が過ぎて、「ドリル、あるだけやらないと!」という自分に課せた義務のような存在になっていました。
そして、だんだんとストレスとなり、「もう!」と言って怒り、ドリルをぐしゃぐしゃに丸めたり、荷物をまとめて家に帰ろうとする。

そんな時期でも、Ⅿさんはドリルをやめません。
いや、「やめる」という選択が難しいのかもしれません。
「もう、やーめた!」ができたら、どれだけ楽でしょう。

きっと、Ⅿさんの“そこ”が関わりのポイントになるのでは?

あったらあるだけやってしまう、その時期から、用意するドリルの枚数を減らしておきました。
他の活動を提案して、ドリルとの距離を離してあげることもしました。

行き過ぎてしまった「マイルール」を、またちょうどいいところに戻してあげる。

それをするのは、普段関わっている人たちなのだと。
今は峠を越えたようで、ドリルとちょうどいい関係でいるように思います。

 

二つ目は、「色えんぴつ」。

Ⅿさんは、絵も描きます。
とてもカラフルで勢いのある線や、やわらかい丸、その時気になった言葉などで構成されています。

 

今は模造紙いっぱいの大作に取りかかっています。

これは最近ですが、「箱の中の色えんぴつを全部使ったら今日の絵は終わり!」という「マイルール」ができていました。(現在進行中)

これも、「ドリル」と似たように、はじめは楽しい!

でも、だんだんと、「色えんぴつを全部使わないとダメ」というルールになっていきます。

箱の中には沢山の色えんぴつがあるので…今回も表情険しくなってきました。
そりゃしんどくなりますよね。
でも、Ⅿさん、やめられないのです。
なので、「Ⅿさんならこれぐらいの本数だったらいけるんちゃうか?」という箱に変えてみました。

とりあえず、今は落ち着いて描けています。

こんなⅯさんを見ていると、なにもⅯさんに限ったことではないなと感じました。

ワタシにだってあるのではないかと。

「こういう自分でいなければならない」「自分はこうあるべき」というルール。

それが自分を律する良い存在であり続けるなら言うことなしですが、全部がそうでもないことに気付いてしまいました。
いつしか、自分を縛って、動きにくくさせているのではないかと。

障害があるとかないとか、そういうジャンルではなく、“人間”という視点で見ると、誰にでもそういう不器用なところがあるのではないでしょうか。

そんな不器用な経験を重ねて、少しずつ“自分”という人間を知っていく…。

自分をいいコンディションにする「マイルール」。
時にはしんどくさせる「マイルール」。
マイルール… 奥が深い。

さてさて、Mさん。
次はどんなマイルールができるでしょうか!
大作も完成したら報告しますね!
お読み頂き、ありがとうございました!

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